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東京地方裁判所 昭和33年(行)38号 判決

原告 ベルリンゲル・ウント・リヒテル・プリマテツクス

被告 特許庁長官

主文

原告が昭和三十二年九月十九日付でなした全合成糸又は糸束の捲縮方法及び装置に関する発明の特許出願につき被告が同年同月二十五日付でなした不受理処分はこれを取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、原告の申立

主文同旨の判決を求める。

第二、被告の申立

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第三、原告の主張

一、原告はドイツ国フユルト、イン、ワルド、フインケンストラセ二十三番の訴外ハンス・リヒテル(以下本件発明者という)の発明にかゝる全合成糸又は糸束の捲縮方法及び装置に関する発明(以下本件発明という)につき日本国における特許を受けるため、昭和三十二年九月十九日、特許出願(以下本件特許出願という)を特許庁になした。この特許出願に際し、原告はドイツ国において原告がなした千九百五十六年九月十九日、千九百五十七年五月二十九日及び同年八月二十八日付の各出願に基いて、万国工業所有権保護同盟条約による優先権を主張するものであり、且つ、原告のすでに出願している昭和三十一年特許願第一一二九一号に追加する特許願である旨を表示した。なお本件特許出願の願書には添付書類として明細書、図面、委任状及びその訳文、譲渡証及びその訳文を付した。

二、しかるに被告は昭和三十二年九月二十五日付で右出願書類を特許法施行規則第十条の二第五号に該当するから受理しない旨の処分(以下本件不受理処分という)をして原告は同年九月二十八日右処分通知の送達をうけた。

三、しかしながら原告の出願書には譲渡証が添付されていたのであるから被告の右処分は違法である。よつて右処分の取消を求めるため本訴に及んだ。

第四、被告の答弁及び主張

(答弁)

原告主張事実第一項中、原告が本件発明について日本国における特許をうけるため昭和三十二年九月十九日特許庁に特許出願したこと、この特許出願に際し原告がパリ同盟条約による優先権の主張をしたこと、この特許出願が追加特許出願であつたことは認めるがその余の事実は不知。

第二項は認める。

第三項は争う。

(被告の主張)

原告の本件特許出願書類には原告主張のように譲渡証なる見出しを有する書面が添付されていた。しかしてその書面には本件発明者が自己の発明を譲渡する旨の記載はあつたがどういう名称の発明を譲渡するか記載されていなかつた。そのため特許庁では出願人が全合成糸又は糸束の捲縮方法及び装置に関する発明を発明者から承継したかどうかという事実をその書面から認めることができなかつた。したがつてこのような書面は特許法施行規則第四条で要求されている特許を受くるの権利を承継した者がその承継人たることを証する書面とはいえない。

したがつて被告が当該出願書類には特許法施行規則第四条で要求される書面が添付されていないという理由で特許法施行規則第十条の二第五号を適用して原告の出願を不受理処分にしたのは適法である。

第五、被告の主張に対する原告の答弁

本件出願に際し出願書類中の譲渡証に発明の名称が記載されていなかつたことは認めるが右書面は特許法施行規則第四条でいう書面にあたると解すべきである。

第六、証拠〈省略〉

理由

一、原告が本件特許出願をなしたこと及び被告が右出願につき本件不受理処分をして昭和三十二年九月二十八日原告に右処分の通知の送達がなされたことは当事者間に争がない。

二、そこで被告の右不受理処分が違法かどうかにつき判断する。

本件特許出願に際し追加特許願に譲渡証なる見出しの書面が添付されていたこと及び右書面には本件発明者が自己の発明を原告に譲渡する旨の記載はあつたが発明の名称が記載されていなかつたことは当事者間に争がなく、証人西本喜久男の証言によりその真正に成立したことを認める甲第一号証全体の記載内容から判断しても右書面それ自体からは原告が本件発明者から本件発明を譲り受けたことを認めることはできないから右書面自体をもつて特許法施行規則第四条所定の特許を受くる権利の承継を証する書面といえないといわなければならない。しかしながら特許法施行規則第四条が特許を受くる権利の承継を証する書面の添付を要するとしたのは特許出願書の資格を審査するについて書面審理により迅速な処理を期そうとしたものというべきであるから、出願に際しての特許を受くる権利を承継したことの証明は必ず書面によるべきであるが、その書面は必ずしも譲渡証の体裁を整えた一通の書面たることを要せず、出願の際に提出された書面全体から客観的に承継の事実を認めることができれば足りると解すべきである。ところで前記譲渡証によれば少くとも本件発明者が何らかの発明を原告に譲渡した事実はこれを認めうるものであり、証人西本喜久男の証言及び右証言により成立を認める甲第一号証の一ないし六によれば本件特許出願に際しては前記譲渡証と題する書面のほか追加特許願、明細書、図面、委任状とその訳文、譲渡証の訳文、国籍法人証明書とその訳文が添付されていたことが認められ、右委任状には中松澗之助を代理人に選任し本件発明につき特許出願に関する一切の行為をなす件を委任する旨の記載があり、しかも右委任状(甲第一号証の二)には本件発明者が原告の代表者として署名していることが認められるから(本件発明者が原告の代表者であることは前記甲第一号証の三により認められる)、右委任状の記載により少くとも右委任の際には本件発明が原告の権利に属していることを本件発明者も諒承していたことをうかゞいうるのである。したがつて前記譲渡証及び右委任状を綜合して検討すれば原告が特許を受ける権利を承継したことを認めうるといわなければならない。(なお他に原告が譲受けた発明が本件特許ではなく別のものであるかの疑念を持たれるような資料のないことから云つても右解釈が妥当と考える。)したがつて原告の本件特許出願書類には特許法施行規則第四条所定の書面の添付はあつたものというべきである。

よつて右書類を同法施行規則第十条の二第五条により不受理とした被告の処分は違法であるから原告の本訴請求は理由があり、これを認容すべきであり、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石田哲一 地京武人 越山安久)

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